さらば!二代目・影千代よ・・・


【 事故の恐怖を忘れない為にも、その恐怖を知ってもらう為にも、情けない姿をあえて公開しました 】
02/8/23





全てはMOTOが提案した、この書き込みから始まった・・・。
今思えば代理で書き込んでくれた熊さんに申し訳ないです。(自爆)
(チコーさんの掲示板より)


その8月23日がやって来た。天候はまずまずの薄曇。時々、太陽も覗く感じでした。
静岡の磐田バイパスでの待ち合わせがAM8時だったので、急いで支度を済ませてAM7時10分過ぎに出発。
約束の時間までには50分弱。ギリギリ間に合うか否かの状況だっ!

朝の渋滞もあって、必死のスリ抜けで四輪をパスしていく。ここから既に自爆への序章は始まっていたのかもしれませんね・・・。


 浜名バイパスで一気に時間を短縮するも、待ち合わせ時間は刻々と近づく。
 おまけに磐田バイパス手前で大渋滞!そして天気も一転して雨となる。
 上半身を濡らして磐田バイパスの磐田PAに5分遅れで到着。

 既に「チコーさん」と「熊さん」は到着済み。
 先行する浜松の「KAZさん」も無事に進軍中であった。
 雨中走行の準備も整い、次の目的地である道の駅「宇津ノ谷峠」へ向けて、
 バラバラに出発。
 
 個人のペースを尊重したため、マスツーリングをしないで進む。
 袋井、掛川、藤枝の各バイパスも順調に抜けて、MOTOはトップで道の駅
 に到着。
 
磐田バイパス内の磐田PAにて 道の駅「宇津ノ谷峠」で再度集結
 しばらくして、バイパス無使用のKAZさんが到着。
 順に熊さんもチコーさんも到着する。
 
 ここで隠密進軍中の下道塾「五角ケンさん」「kuniさん」チーム、
 単独徘徊中の「hijiちゃん」、静岡の重鎮「このみさん」に連絡を取る。
 この後は、このみさんとMOTOチームとで静岡市内でお茶をし、
 昼はhijiちゃんと沼津で食事という段取りとする。
 静清バイパスを途中で下り、このみさんと無事合流♪
 近くのマックでコーヒーブレイク。緊張の糸もほぐれたところで
 このみさんの事務所を見学。

 ここからは、また各自のペースで次の目的地の道の駅「富士」を目指す。
 MOTOはガスチャージ、KAZさんは銀行、チコーさんと熊さんは
 先行して進んで行く。

 MOTOは静清バイパスに乗り、大渋滞にハマりながら進む。
 東名の清水ICの先でトレーラーが横転していた。
 渋滞の原因が判明し、ここからは順調に進むかに思えた。
 が、渋滞を抜けて数分後、MOTOに悲劇は起こった。
マックにてコーヒーブレイク。このあと悲劇が・・・
 MOTOは右車線を走っていた。
 前には大型トラック。その前へ左車線から急に普通車が割り込んだ。
 驚いたトラックは急ブレーキ。MOTOは車間を空けていたが、同じく
 急ブレーキ!!
 
 その瞬間、愛馬の影千代は後輪がロック。
 道路のわだちに溜まった雨水でブレる車体。
 もはや制御不能・・・。

 
ガッシャーン!!!!!
 
 愛馬もろとも交差点の中央分離帯に衝突。
 その場で意識を失ってしまい、ここから記憶は途切れてしまった。

 ぼんやりと意識が戻ったのは、病院内の救急救命室の手術台。
 CTスキャンも撮影が終っていたが、全く記憶がない。

 「下顎に大変深い挫創があるので、傷の中と外を縫合しますから」という
 先生の声にうなづくだけだった。

 (あぁ、事故って運ばれたんだなぁ〜)と思いながら、麻酔の注射を
 打たれて縫合開始。(傷の中を7針、外は10針縫合)
 全身もあちらこちらが痛む。意気消沈の思いと、助かったという安堵感で
 複雑な心境だった。

 後で聞くと、救急車の中では名前と自宅の電話番号を、ちゃんと言って
 いたそうです。
 薄れている意識の中でも、名前とかは答えられてしまうものなんですね。
 驚きました。
 
衝撃を語るヘルメットのシールドには血が・・・
 縫合後、別のベットに移された直後、バラバラだったMOTOチームと
 hijiちゃんが現れた。
 何でもKAZさんが、運ばれるMOTOらしき姿を見て、すぐにチコーさんへ
 連絡を入れてくれたとのこと。
 病院は搬送をしてくれた消防署に聞いて、向かってきたそうです。

 荷物の運搬なども代行してくださって、本当に助かりました。
 ただただ感謝の言葉でいっぱいのMOTOでした。

 事故に驚き、高速を飛ばして来た両親に、こっ酷く怒られて個室病棟
 へと移った。
 そして助けていただいた方に、まずは御礼の電話をする。
 事故直後の話を聞いて唖然。死んでいてもおかしくない状況だったこと
 を知った。言葉に出来ないくらい感謝の気持ちで、胸が一杯に・・・。

 その後、KAZさんはショックで帰宅の途へ、チコーさんと熊さんは
 hijiちゃんと共に、ゴールのトチクへと向かった。
 
下顎の挫創(クリックで無修正画像が展開します) 左足は皮下出血と腫れが酷いが骨折は無し
 人生初の入院生活。付き添い看護の両親に起されて目覚める。
 両目の焦点が事故時より合わなかったが、今日も全然ダメ。
 おまけに頭を強打した影響で、めまいも酷い。

 午前の回診時、先生より診断がくだる。
 「CTで撮影したところ異常は見られないが、眼震によるめまいと
 両目の焦点が合わないようなので、MRIで詳しく調べましょう」
 とのことだった。
 入院も抜糸まで延期するそうで、一週間は缶詰だ。(T T)

 MOTOが事故ったことは、関東行きを表明していたので、
 隠すことも出来ず、すぐに連絡を入れてもらっていた。

 関東と関西では、既にMOTO御見舞いツアーが結成されており、
 翌々日からは連日のように、多数の仲間がお見舞いに来てくれました。

 大阪、京都、横浜、東京、豊橋・・・遥か遠くの岡山からも!
 宅配便も多数届き、応援してくれる気持ちが伝わってきて、
 本当に嬉しいとしか表現できませんでした。
 また逆に、これほどの方々に心配をかけてしまったという反省の念も。

 バイクは孤独な乗り物ですが、こうした仲間がいることを思って
 走ることも大切だと痛感しました。
 
 順調に回復の傾向で推移し、一週間後の8月30日に抜糸を終えて
 担当の脳外科医による最終判断です。

 MRIに写った微小の出血が気になるものの、自然治癒で消滅する
 可能性が非常に高いという結論から、晴れて退院となりました。

 色んな方々に迷惑をかけ、そして支えられ、いろんな意味で「救われた」
 という自分がいることを自覚することができました。

 こうして元気に過ごせることに感謝し、それに答えるべく行動をしなければ
 いけないという責任感を胸に、病院を後にしました。

 その後、事故現場へ出向き、救護して下さったウエノトレーディングの
 店長さんへ御礼の挨拶をしに向かいました。
 何といっても命の恩人なのですから・・・。
CTスキャンで撮影したMOTOの脳内 MRIで撮影したMOTOの脳内 (CTより鮮明)
 
ここが事故現場の交差点。向かうはずだった先は高架橋。
高架上だったら救護はされなかった可能性が大きかった。
中央分離帯に衝突後、対向車線に投げ出され、愛馬は
ジャックナイフ状態で対向車線の左車線部で息絶えた。
本当に、今思うとゾッとしてしまいます。
 MOTOを救護して下さった「ウエノトレーディング」の店長さん。
衝突音を聞いてスグに飛び出し、往来する車を
止めてくれたそうです。本当にありがとうございました!
そのお陰で対向車線に投げ出されてしまったMOTOは
奇跡的にも対向車にハネられず助かりました。
感謝の気持ちだけでは足りないくらいです。

 ウエノトレーディングは、スノボやウエイクボードを
扱っているショップです。故に救命法も受講済みだそうです。

   
下の分離帯縁石に衝突跡がハッキリと残っていました。
矢印の部分の反射鏡も割れていました。
MOTOが意識を失って倒れていた場所(円内)の下は、
ナント!神社の地下参道でした。
店長さん曰く、「神様が救ってくれたんだよ・・・」と。
MOTOを助けていただいた御礼に、参拝をしました。
廬崎(いおさき)神社の神様、ありがとうございました♪


事故は、無理無謀な運転だけではなく、ちょっとした油断から起こります。
事故は自分だけでは無く、周りの人にも多大な悪影響を与えます。
命を落としてしまったら、それこそ取り返しがつかない最悪の事態となります。

今回の事故で、事故の恐ろしさと、自分の未熟さを痛感しました。
自分の未熟な運転により愛馬のタイヤがロックして衝突し、愛馬を逝かせてしまいました。

日頃、大切にしてきたと思っていましたが、それは大切にしていた「つもり」だったんですね。
愛馬は文句を言いません。ただただ乗り手の操作に答えようとします。
ゆえに、乗り手の操作が不適切だと、愛馬も悲鳴を上げます。

大切にするということは、磨いたりメンテするだけではないことに気づきました。
運転中も、しっかりと手綱を引いてやることなんですね。

そして、「心にはいつも余裕を!」
これが欠けると避けられる事故も避けられません。




最後に、このレポを読んでくれた方々が、少しでも事故の恐ろしさを実感してくれたらと思っています。
同じライダーの中から、事故で悲しい思いをする仲間がないことを願って・・・。


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