瀬戸内海一周ツアー

05/04/30〜05/04

【初日】

当初、5月から中国へ出張の予定だった為、GWは出張の準備でつぶれる覚悟でした。
ところが諸事情で出張は延期。GWは全くのフリーとなってしまいました。
そこで、前から行きたかった呉市と、一度は実物を見てみたかった錦帯橋をルートに入れて旅を計画。
瀬戸内海をグルッと巡る旅へと出かけたのでした。








【今回の行程です】



会社は29日から5日まで休み。29日は準備に充てて、30日早朝の出発にする。
週間天気予報では5月の1、2日は雨の予報だったが、それ以外は晴天とのこと。
早めに就寝し、4時に起床。準備は万端、顔を洗って4時20分に出発した。




早朝は流れもよく、さほど寒さも感じない。西へ向って快調に進む。
大阪までは、国道1号〜名四国道〜名阪国道〜西名阪という、いつものルート。


途中、朝食を取る為に三重のオートレストラン長島で1回目の休憩。
豚汁&納豆を平らげて、6時過ぎに進軍開始。
亀山から名阪に入り、針で給油。高峰PAで2回目の休憩後は西名阪〜阪神高速へ。
さほど渋滞もせず、尼崎西ランプまで順調に来た。




尼崎城址である中央図書館の横を通り過ぎ北へ進む。
どこかに花屋はないだろうか・・・時刻は9時過ぎ。開いている店もない。
探し続けて20分、阪急神戸線沿いに一軒のお店を発見。ちょうどお店の方もいた。
早速、切花を頼んでみると鉢植え花のみとの返事が。


「事故で亡くなられた方に献花したいのですが・・・」と、理由を答えると、
「鉢植えの花で良かったら、切って献花用にしましょうか??」と言って下さいました。


そして、10分ほどで見事な献花が出来上がってきた。
その上、「近くに住んでいながら忙しくて花もあげに行かれないんですよ。
                私達の気持ちも伝えて欲しいので御代は結構です」と・・・。


「お金は払いますから・・・」と何度も伝えましたが、受け取っていただけませんでした。
しっかりと気持ちを伝えることを約束し、お店を後にした。
【高峰PAにて】
【無理を聞いてくれた富松造園さん】



事故現場付近の上空には何機もの取材ヘリが飛んでいた。
そうです。事故現場とは4月25日朝に起きた『JR福知山線・列車脱線事故』の現場なのです。
現場に近づくと報道陣の車両が所狭しと並んでいます。
警察の方に「献花したいのですが」と訪ねると、「踏み切りの横に献花台がありますんで」と教えてくれた。
献花台の周囲には報道のテレビカメラ、記者、レポーターが取り囲んでいた。

就職活動が実を結びかけていた方、母親代わりに頑張っていた方・・・。
あまりにも悲惨な列車事故。中にはバイクが趣味だった方もいたかもしれません。
自分に出来ることはこれぐらいしかないけど、どうぞ安らかに・・・。献花し、手を合わせた。




【混乱が続く事故現場・・・】


尼崎西ランプから再び阪神高速神戸線へ。
京橋から月見山まで大渋滞。四輪をゆっくりとパスして行き、大蔵谷インターから下道へ。
明石といえば『子午線』の街。ちょうど東経135度になるポイントをGPSで目指す。

135度00分00.00秒!キターッ!場所は明石市上ノ丸2丁目付近。
下道塾のくまんぼ氏も子午線到達の証拠画像を撮ってましたが、MOTOも1枚♪
ただし、くまんぼ氏は0.5秒ズレていましたが、MOTOは00ドンピシャです。(ちょっと優越感)
(日本の標準時は東経135度の子午線が通る地点の時刻を基準としている)




【東経135度00分00.0秒の子午線の真下にて】


そこから程なくして明石公園に到着。止められそうな場所に影千代を駐輪して公園内へ。
ここは現存櫓が2基残っている明石城址。本日の城攻め1城目。
明石駅からだと目線の高さに櫓が見えそうだが、下から眺める櫓もGOOD♪天候も快晴。
青空に白漆喰塗り込めの櫓が映える。やっぱ城はいいなぁ〜!




【明石城址に現存する巽(たつみ)櫓と坤(ひつじさる)櫓】


画像を何枚か撮影後、明石城を後にし、国道250号〜加古川BP〜姫路BP経由で姫路へ。
そろそろ昼なので昼食を調達する為に姫路駅へと向う。「まいう〜な食事に困ったら駅弁を買え」がMOTO流。
駅弁なら御当地名産の食材を使ってることが多く、手軽にその味を体験できるとMOTOは思う。

改札で入場券を買って姫路駅構内の駅弁コーナーで品定め。
本当は陶器で出来た天守閣が弁当箱になった一国一城【まねき食品のHP→クリック】が
欲しかったが、“ 陶器=かさ張る・割れる ”ということで諦め、一番美味そうな『あなご飯』を買うことにする。

弁当を買い終えて影千代へと戻ると、下道塾のけろぽん氏から「姫路城へ着いた」というメール。
合流場所へ向い、駐輪スペースへ。ん?何故か見覚えのあるマジェとフュージョンが・・・。
姫路城の搦め手門へ行くと下道塾のトリガー氏と、徘徊娘のかよちゃんが出迎えてくれた。
けろぽん氏曰く、皆で夜中過ぎまで『いちから』で飲んでたとの事。全く恐ろしい人達だ。(笑)


【姫路城の三国掘の前で記念写真】 【世界遺産・姫路城】


城内へ入り、天守最上階〜西の丸までを見学。皆に城の凄さを少しでも実感してもらおうと、解説にも力が入ります。(^^;
西の丸で休憩後、トリガーさん&かよちゃんは東へ、MOTO&けろぽん氏は西へと向う。
急遽開催された『下道塾プチミーティングin姫路城』は、こうして無事終了した。

龍野〜備前と快適に進むが、睡魔に襲われてきた為、備前の大ヶ池のほとりで小休止。
この大ヶ池は湖内を山陽新幹線が縦断するという珍しい池。何故かここまで来ると、「岡山に来たぁ!」という気になる。




【新幹線が縦断する大ヶ池】


岡山のしいとちゃんに電話すると、6時に仕事が終るという。まだ時間に余裕があるので、2人は岡山城址へと向うことにする。
まずは岡山城でも訪れる人が非常に少ない西の丸の『西手櫓』へ。この櫓は廃校になった内山下小学校の跡地に建っており、案内板すらない。

校門横の扉が開いていたので恐る恐る入ってみると奥に西手櫓が!現存櫓らしい古さが漂っています。
笑えたのは、タッパーに入った西手櫓の説明パンフレット。「勝手に持ってけ!」って感じで超手抜き。




【岡山城でもマニアックな存在の西手櫓】


池田忠雄(ただかつ)時代に建てられたそうで、以後は池田家三代目の城主、光政の隠居所として使われたと伝えられている。
隠居所らしく、手前には小さな庭園がひっそりと残っていて、大きな石灯籠が寂しげに立っていた。

西手櫓を見物した後は、岡山城の天守下まで移動。
ここから天守を見上げると、歪な天守台に天守を建てている工夫が良く分かる。




【天守の下層と上層が不一致している岡山城天守】


本丸に入り、戦災を免れたもうひとつの現存櫓『月見櫓』へ。戸板が閉まって見えないが、内側には廻り縁がある。
月見の宴を楽しむための櫓ということから月見櫓と呼ばれた。形は異なるが、松本城にも同じ月見櫓が存在する。
昔は月見で一杯っていうのが何よりの贅沢だったんでしょうね。


【現存する月見櫓】 【信長の安土城を模したといわれている】


そろそろ時間も来たので、すぐ近くの『しいと邸』へと向う。車庫へ愛馬たちを止め、しいとちゃんの四輪でスーパー銭湯へ。
汗を流して疲れを癒し、いよいよ夕食♪今夜は岡山市内にある焼肉店『玉龍』でまいうーです。。
たくさん汗をかいたお陰で喉はカラカラ。とりあえず生中ぢゃっ!
すぐに出てきた生中を、けろぽん氏と共にゴクリゴクリ・・・。ぷは〜っ☆たまりません!


【ユッケに豚トロ・・・幸せっ♪】 【有名人も来店する焼肉の玉龍】


最初はタン塩、そしてカルビ、ユッケ、豚トロと食す。どれも美味いっ!テーブルには何故かわさびが。店員さんに聞くと豚トロ用らしい。
下味がしっかり付いているから大丈夫という。ホントにぃ〜??つ〜コトで、さっそく・・・。
んんん、豚トロの脂が程よく中和されて甘みさえする。こりゃ凄いよ!マジで!この食べ方ハマリそう♪

焼肉を平らげた後は、スグ横にある3度目の『きびだんご村』へ。久しぶりの再会でも憶えてくれてました。
一度しいと邸に戻り、休息タイム。けろぽん氏はノックダウンし爆睡モード突入。

しかし、MOTO&しいとちゃんは『伴商店』へ。ここのラーメンを食べなきゃ岡山の夜は締めくくれない。ほんと、ここの麺は旨い♪
残されたけろぽん氏が可愛そうなので、おみやげ用のラーメンを買って帰りました。
そしてMOTOも爆睡モードに突入し、『下道塾プチミーティングin岡山』は終了したのでした。



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